▼登山・スキー
*私の登山・スキー史
都立井草高校時代には、親友の角富士雄君らと奥多摩のほぼ全山を踏破。高校卒業記念で、角君と二人で奥多摩→秩父を1週間かけて縦走。その後、大学時代には、同君と多くの沢登りをてがける。
上智大学探検部時代には、当時、ラップランド探検を目指していた関係で、安達太良山系、上州穂高山系で山スキーを中心とした雪上訓練を重ねたが、化学科での実験に忙しく、探検の世界から身を引く。
その後、帝人(株)に入社し、同松山工場勤務時代に、地元の山岳会である「松山登高会」に所属し、大山山系、石鎚山系の冬季縦走、北アルプス縦走、ロッククライミングなどを経験。
ゲレンデスキーは、大学時代は蔵王がホームゲレンデであったが、数年前に再開してからは、苗場をベースとしている。
上智大学探検部の当時の部長であった礒貝浩さん(ジャーナリスト、清水弘文堂社主)の出版記念パーティに伺う機会が多く、高橋通子さん、C.W.ニコルさん、堀江謙一さん、アン・マクドナルドさんをはじめとする、登山家、探検家やジャーナリストの皆さんとお目にかかる機会も多い。ちなみに、堀江さんが「太平洋一人ぼっち」で使用したヨットの帆布は、帝人のポリエステル帆布であった、とは本人からお聞きした話である。